スキャニングした議事録の公開から構造化された統計情報まで地方自治体でオープンデータの取組みは実は非常に多くあります(オープンデータって何という方は、前回掲載したこちらの記事をぜひご一読ください)。
それには大きな理由が2つあります。一つは、公共性の高いデータが最も集積されている場所であることです。もう一つが官民データ活用推進基本法という法律によって、国及び地方公共団体はオープンデータに取り組むことが義務となったことです。
2つの理由は密接に絡み合っており、国や地方自治体は謂わば、公共性のど真ん中の存在で、そこにあるデータも非常に広範で深いものが多く存在します。主にそれらを活用できるように推進していくという趣旨で作られた法律が官民データ活用推進基本法というわけです。
前回あまり紹介できなかった地方自治体の中でオープンデータに取り組んでいる事例を取り上げ、紹介していきます。
法律ができ義務となった以上、国や地方自治体の担当者の方々は、データの活用、オープンデータ化を推進していかなければなりませんが、保持しているデータの膨大さを前にすると、途方に暮れてしまうのが実情でしょう。
ただその中でも一歩ずつ前に進むためにどういう考え方と手法があるのかということを知るだけでも取り組むスピードが違ってきます。特にその最初の取っ掛り部分に注目していきたいと思います。
まず地方自治体が取組みを増やした大きな理由の一つの法律、官民データ活用推進基本法について概観します。
少し長いですが、法律の第一条に書かれている目的をご紹介します。
インターネットその他の⾼度情報通信ネットワークを通じて流通する多様かつ⼤量の情報を活⽤することにより、急速な少⼦⾼齢化の進展への対応等の我が国が直⾯する課題の解決に資する環境をより⼀層整備することが重要であることに鑑み、官⺠データの適正かつ効果的な活⽤(「官⺠データ活⽤」という。)の推進に関し、基本理 念を定め、国等の責務を明らかにし、並びに官⺠データ活⽤推進基本計画の策定その他施策の基本となる事項を定めるとともに、官⺠データ活⽤推進戦略会議を設置するこ とにより、官⺠データ活⽤の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進し、もって国⺠が安全で安⼼して暮らせる社会及び快適な⽣活環境の実現に寄与する
少し分かりづらいですので、少し言い換えます。
今後少子化によって人口が減り働き手が減る傾向は大きく変わらないでしょう。少なくなる働き手で経済力の維持するには生産効率の向上が必須です。その施策の一つとして官民データの活用があります。現在アナログデータであるが故に活用するのに手数が掛かって死蔵されてしまっている有益なデータがたくさんあるので、デジタル化して、誰でも利用できるようにしましょう。
というのが、法律の趣旨です。
昔から「お役所仕事」と呼ばれる非効率な働き方はどんどん許されなくなってくるので、抜本的にデジタル化することによって、効率化を図っていこうというわけです。
近年ではデジタル庁という拠点ができ、さらにデジタル化ということが推進されていくことになると思います。国や地方自治体に限らず、働き手の確保という意味では、「ブラックではない仕事場」ということは必須条件です。
典型的なブラックな仕事場には、必ず非効率で意味不明な業務があります。ノスタルジーだけが理由で続けている非効率な作業、例えば手書きの温かみのためだけに手書き文化を残すなどです。そうなっていないか一度周りを見直してみるのも良いかもしれません。
今度は国や自治体が持っているデータ、特にオープンデータと言えるものはどんなものがあるか見ていきます。
国や地方自治体は国のあらゆるデータを持っていると言えます。分かりやすいデータで言えば、GPS情報も含めた地図情報や気象データなどは分かりやすい事例でしょう。
この2つは法律が制定される以前からデジタル化は非常に進んでいます。
1.基本的、基盤的に重要なデータであったことと
2. データを作成、保持する方々にとっても、扱いやすさと扱う際のスピードが桁違いに違うこと
3. どちらかというば技官が多い分野で理系的知識からデジタル化のメリットを明確に意識できた
ということ辺りが理由です。アナログ状態でデータを持った時の物理的な容量の問題ということもあります。色々申し上げましたが、デジタル化のベクトルが当初から強かったということです。
ちなみに国や地方自治体には公開できないデータも相当な数があります。端的な例で言えば、戸籍情報などの個人情報も人口の数だけ存在するわけです。現在の人口が1.2億人ですから、それだけデータが存在します。
戸籍情報はオープンデータには全く馴染まない話ではありますので話がそれますが、機微にふれるような非公開情報もデジタル化すること自体はとても重要です。オープンにできないとは言え膨大なデータを完全デジタル化できれば、活用主体である国や自治体は、その内部の官僚の方々の数は相当な人数になるので、内部の仕事の効率化が相当図れるわけです。
機微にふれるようなデータは、Pマーク取得業者などであれば安全にデータ化を進められるはずですので、その辺りは一つ意識しておくと良いでしょう。
具体的なオープンデータの取組みについて紹介します。
八王子市は、比較的早い時期からオープンデータの取り組みを始めていた自治体の一つです。市民の情報利活用を主軸に、情報を積極的に開示する方針でオープンデータ化を進めてきました。
まず立ち上げ時ですが、最初に広く横断的に様々な部署から検討組織を立ち上げます。「サイトに掲載し、公開しているデータについては原則オープンデータ化の対象とする」といったガイドラインを策定しいわゆるPDCAサイクルで姿勢を大事にし、積極的に進めていくことを大きな方針としたそうです。
ただ一方で無理をせず、できる範囲から経費を掛けずにできることから始めるということも心がけたようです。より簡単にデータ公開ができるよう、八王子市のWebサイトを活用するのを基本方針としました。
膨大にあるデータを職員だけでは扱いきれないという冷静な判断からデータを仕分けするときにも工夫をしたそうです。「誰が扱えるかという視点」から分類、つまり委託できるデータと、委託できない八王子市職員しか行えないものに分けたそうです。
以上の地道な施策ではありますが、結果3ヶ月という期間で500件以上のデータ公開に漕ぎ着けることができたそうです。
横断的な組織を作り、丁寧な説明を心がけたことによって、データ公開の要望が自然発生的に湧くようになり、データの公開数を伸ばしているそうです。
武蔵村山市では、議会から要望が上がって着手することになりました。何もわからない、特にどのようなデータが活用されるか分からなかった為、こちらもデータの調査と仕分けから始めました。
ただちょうどWebサイトのリニューアル時期と重なったので、リニューアルの要件の一つとしてオープンデータ化を組み入れました。
基準は、データ形式(フォーマット)を統一して登録していくのにはあまりにもデータの量と種類が多いので、まず利用する立場から見た重要性と機械判読が可能で2次利用がしやすいCSV形式により公開することが可能なデータに優先順位を高く設定しました。ただ防災、防犯に関わるデータは特に重要なので、それらについても高い優先順位にしたそうです。
優先順位 | 情報 | ファイル形式 | 機械的2次利用 | 件数 |
1 | 市内施設情報 | CSV | 可 | 27 |
2 | その他位置情報 | CSV | 可 | 8 |
3 | イベント情報・日程 | CSV | 可 | 8 |
4 | 統計資料 | CSV | 可 | 122 |
5 | お知らせ・パンフレット | 可 | 108 | |
6 | マニュアル・説明資料 | PDF・Word | 否 | 48 |
7 | 申請書・申込書 | PDF・Word | 否 | 270 |
8 | 会議資料・議事録 | PDF・Word・Excel | 否 | 72 |
9 | 計画書・事務報告書 | PDF・Word・Excel | 否 | 110 |
ホームページのリニューアルに合わせてオープンデータ化を進めたことで、データを所管している部署でのデータの扱いが習熟していき、負担感が低減していったそうです。さらにサイトのリニューアルに合わせた為、メタデータの整備が進んだので、利活用のしやすさ、検索のしやすさが向上したとのことです。
2つの事例ではありますが、具体的な事例を見てきました。ここから何が進める上で良かったのか検証していきたいと思います。
どんなプロジェクトでも言えることですが、全体を巻き込めれば成功確率を高められます。国や地方自治体は、ほぼどの部署にもオープンデータになり得るデータが存在する組織です。この巻き込み型でプロジェクトを進められれば、自発的にデータがデジタル化されていく流れが生まれていきます。
公共データの集積所である国や地方自治体にはアナログ、デジタル問わず膨大な量のデータが存在します。それら全てを公開するという完璧なデータ整備などを目標にしたくなります。完璧主義という日本人の良くも悪くも特性が、そういう傾向を助長しがちです。
しかし、紹介した2例とも、高すぎるゴールを設定することなく、何ができるのかということを足掛かりにしているところがうまく進んだ要因の一つと間違いなく言えます。いわゆるスモールスタートが良い影響を与えたと思います。
それから膨大にあるデータの仕訳をきちんと基準を立てて行ったこともうまく進められた要因の一つです。膨大にあるデータの何から公開していくのか、その優先順位がはっきりしていればしているほど周囲が理解しやすくなり、自発的に公開データになっていくような流れが生まれていきやすくなります。
今回紹介した例では、緊急性の高い情報、防災、防犯情報を優先的に公開するというポイントだけではなく、
・公開のしやすさも優先順位を高く設定していた
こともデータを多く公開できた要因でしょう。
本来、活用の観点から言えば一定のフォーマット(RDF)などで情報が構造化されていると、利便性が格段に向上しますし、理想的にはそこが最終ゴールです。しかしまずは公開されないと始まらないというのも事実です。
武蔵村山市の例が顕著ですが、PDFという形でもとりあえず公開しています。表にもあったように機械判読による2次利用という点では見劣りするのは確かではありますが、公開しなければ完全に死蔵されることになります。そうなるよりは公開をしておくだけでも一定の要件を満たせる可能性があります。
OCRなどの技術は年々高くなっており、それに伴い画像データやPDFからも文字起こしが機械的に行える可能性も高まっています。スキャニングなどで膨大にある紙資料をとりあえずデジタル化しておくというのは、将来の重要な布石になりうる一手かもしれません。
外部委託できる部分をしっかりと見極めたことも成功した要因の一つです。膨大な量があるわけですから、人的リソースはあってもあっても足らない状況になってしまうわけです。職員だけで問題を解決しようとすると行き詰まるでしょう。スキャナーを行う機材もそこまで潤沢にあるとは限りませんし、マルチコピー機の一機能として準備されているだけという場合がほとんどでしょう。そうなると専任で作業する想定になっていないので、そもそも作業がしにくい可能性があります。
今回はオープンデータの公開に取り組んでいる地方自治体の事例を見てきました。デジタル庁が設立され、オープンデータに限らず行政のデジタル化という大きな流れはアナログの方に今後戻ることはないでしょう。
オープンデータに限って見ても法律で義務化された以上、国や地方自治体はオープンデータ化の推進は待ったなしのはずです。
まずはスキャニングによるデジタル化から始めていくだけでも十分な効果があることは様々な地方自治体の取組みの事例が指し示しています。
膨大な量をデジタル化していくには、データを所管している部署だけではなく組織全体で取組むことが大事であり、さらにそれだけでもリソース不足になることは確実なので、アウトソーシングによるスキャニング、データ化もとても重要になります。
一度デジタル化してしまえば、利活用の幅は格段に広がります。2次利用しやすくなれば新しいサービスも生まれ、雇用につながるかもしれません。