前回の記事で、プロモーション(マーケティングの4P)全体の概論について解説しましたが、そのプロモーションの構成要素の一つの販売促進(セールスプロモーション)は、その手法や体系が様々開発されており、非常に幅広い様相を見せています。消費者の立場だと販促品の頒布や試供品、もしくはプロモーションビデオ(PV)、ネットサービスにおけるコンテンツの一部無料サービスなど様々な形でこの販売促進(セールスプロモーション)に触れています。
今回はこの販売促進(セールスプロモーション)の詳細について、その大枠の種類、分類と戦略について解説します。
販売促進(セールスプロモーション)は、一般に「プロモーション」という言葉で一般に馴染んでいます。ただ、この「プロモーション」はいわゆるマーケティングの4P(商品・価格・流通・販促)の構成要素の一つとして定義されているものでもあります。むしろマーケティングを学ぶという観点から言えば、マーケティングの4Pの構成要素として定義されているプロモーションの方が本来の意味と言って良いでしょう。
ただこの本来の意味でのプロモーション(マーケティングの4P)の定義は、残念ながらマーケティングを踏み込んで学ばないと理解することはなく、社会一般で、「プロモーション」というと、この販売促進(セールスプロモーション)のことを指して言っていることが大半かもしれません。つまり、今回はマーケティングの大きな段階の「プロモーション(マーケティングの4P)」と販売促進(セールスプロモーション)という意味での「プロモーション」とあってかなり混同しやすくなってしまっています。
ですから、今回解説する上で、理解をできるだけスムーズに進めるために、この辺りの言葉の定義を予めはっきりさせておきたいと思います。
単に「プロモーション」とあれば、マーケティングの大きな段階としてのプロモーション、マーケティングの4P(商品・価格・流通・販促)の構成要素の一つとしてのプロモーションを指し、販売促進の意味で使う場合には、「販売促進(セールスプロモーション)」と記載するようにします。
販売促進(セールスプロモーション)は、それを誰に対して行うかの対象の組み合わせで主に3つに分類することができます。その3つとは、「消費者向け販売促進(セールスプロモーション)」「流通チャネル向け販売促進(セールスプロモーション)」「社内向け販売促進(セールスプロモーション)」になります。それぞれについて、概要を解説していきます。
プロダクトを保持する主体が消費者を対象に行う販売促進(セールスプロモーション)のことを主に指します。我々が目にしたり、手に触れたり、聞いたりする、いわゆる接触機会の最も多い販売促進(セールスプロモーション)と言えるでしょう。
端的な例は、値引きや記念品のおまけ(景品)です。値引きすることで買い控えていたものを購入しようと思ったり、食玩に代表されるおまけを欲しがる子どもにせがまれお菓子を買ってしまうといった経験はあるかと思います。このような値引きやおまけ、景品をつける等、具体的な何か行なって消費者に購買行動を促すことを消費者向け販売促進(セールスプロモーション)と呼びます。
その他にも例を挙げると、プロダクトの試用(サンプリング)をすることで潜在的な顧客を掘り起こしたりすること、実演販売(デモンストレーション)や店頭ディスプレイ、イベントの開催やスポンサーシップと呼ばれる行為も消費者向け販売促進(セールスプロモーション)に含まれます。
主に流通業者を介して潜在顧客に試用を促したり、値引きや記念品などのおまけ(景品)を付けるなどの手段を講じることで購入意向を促すもの。製品の試用(サンプリング)、製品の実演(デモンストレーション)、値引き、景品提供、店頭ディスプレイ、イベント・スポンサーシップなどがある。
プロダクトを保持している主体が流通業者を対象に行う販売促進(セールスプロモーション)のことを指し、卸業者や小売業者向けの施策なので、消費者から見た時には顕在化することは稀です。
いわゆるインセンティブと呼ばれるものが端的な例です。売り上げに比例した報奨金の支給です。バックマージン、バックリベート、キックバック等様々な言い方や形式があります。その他現金以外のもの、例えば旅行などを提供するなどもこの流通チャネル向け販売促進(セールスプロモーション)と呼んで良いと思います。
近年の傾向としては、プロモーションの中での比重を他の施策と比較した際に、この流通チャネル向け販売促進(セールスプロモーション)の大きさが最も大きくなりつつあります。要因は様々考えられますが、短期的に最も効果が出やすいというのが一つ大きな要因と考えられています。特に経営者やマーケティング担当者の報酬が売上に連動している仕組みのウェイトが大きいと視野が狭くなり、短期に成果を上げたくなる衝動が強くなる傾向があるようです。
また、流通業者の一つ一つの規模が統廃合が進んだことにより非常に大きくなり、プロダクトを保持する主体に対しての発言権が大きくなり、プレゼンスが増した結果、値引き要求や報奨金の要求のプレッシャーの大きさが大きくなっていることも見逃せない要因と言えるでしょう。
マーケティングの核となるプロダクトの傾向も要因と考えられます。近年プロダクトの均質化が進み、明確な差別化ができていないプロダクトが多くなっているということがマーケティングを難しくし、即効性がある流通チャネル向け販売促進(セールスプロモーション)に依存してしまうこともあるようです。
文字通り、プロダクトを保持している主体の中の人に対する施策を社内向け販売促進(セールスプロモーション)と呼びます。主に営業や販売担当者に対する意欲向上やスキル向上を行うことで、売上向上を志向する施策です。
端的な例が、セールスマニュアルの作成や販売コンテストと呼ばれる競争意識を高める施策、販売量に応じた特別賞与、つまり端的に言えば歩合が該当します。
セールスマニュアルの作成は、プロダクトに対する知識が広がればそれだけ顧客に対する説得力が増し、結果的に売上に繋がるということを期待しています。プロダクトに対する自信を深める効果もあるかもしれません。
その他、マーケティングの一環かどうかは少し曖昧な部分がありますが、営業や販売担当者に対する研修やセミナーを行なったりすることも社内向け販売促進(セールスプロモーション)と言って良いでしょう。
例えばプロダクトの売上に季節的な要因による波がある場合、そのオフピークを小さくするためにどうするべきか等より具体的なケースに踏み込んで研修することで潜在的な需要を掘り起こしたり、単純に研修やセミナーを通してセールスの基本技術の向上により、顧客訪問、顧客接触機会の増加を期待することを狙ったりしています。
大きな分類として3種類を挙げて解説してきましたが、例示してきた販売促進(セールスプロモーション)の施策、例えば値引きや報奨金の設定などの対策は、相互に影響し合う可能性があります。それだけではなくプロダクトに競合相手が存在すれば、その競合相手の施策の影響はダイレクトに受ける可能性が大きくあります。
その為、一つの施策をすると一定の効果が上がるという加算的、比例的な影響は期待できず、もっと複雑な正負それぞれの影響をし合うことになるので、施策は注意深くよく検討して打っていく必要があります。つまりしっかりとした戦略を持っている必要があるということです。
ただ具体的な戦略をどうするべきかというのは、一概に言えるものではなく、プロダクトが置かれてる環境に大きく依存します。その局面局面で常に考え、行動決定していくことが求められます。
その戦略を考える上で、現状把握というのは欠かせません。価格調査を含めた市場調査は可能な限り実施し続ける必要があります。それと同時に現状はどういう状況なのかという理論的な分析も必要になります。これは様々な研究が為されてきていますが、一つ有名な理論として、ゲーム理論というものがあります。
ゲーム理論とは、社会や自然界における複数主体が関わる意思決定の問題や行動の相互依存的状況を数学的なモデルを用いて研究する学問で、ジョン・フォン・ノイマンが提唱して始まった学問です。ジョン・フォン・ノイマンは、原爆の開発における重要な人物、もしくはコンピュータ、今のパソコンの原型の開発に深く関与した20世紀における最も重要な数学者の一人ですが、このゲーム理論の成立にも大きく貢献した人です。
もともと経済学の先進的な理論として研究されてきましたが、複数主体が関わる意思決定の問題や行動の相互依存的状況を分析するという側面が様々な分野に活かされています。消費者向け販売促進(セールスプロモーション)の代表的な施策である値引きは、このゲーム理論の代表的なモデルの一つである「囚人のジレンマ」に陥りやすい、もしくは最もよく使われる例示と言って良いでしょう。
値引きにおける囚人のジレンマを簡単に説明すると、ある共通の機能、効用を持つプロダクトを販売している企業がAとBの2つあったとします。そのAとBが仮に協調してお互いに「値引きしない」という行動をとった場合、それぞれ値引きをしないので、AもBも売上は減らず最も良い選択と言えます。
ただこれは現実問題として、「談合」と呼ばれる形態で独占禁止法で明確に禁止されている為、現実に「協調」することはできません。つまりAとBは相手の出方は見えない状況で判断をしなければなりません。
一般に競合プロダクトがある場合、値引きをすると値引きした方のプロダクトの売上数の増加する強い傾向があるので、今回のAとBの取り扱うプロダクトもそういう性質の商品だったとします。ただこれはお互いに値引きしてしまうと、効果が相殺されてしまいます。価格を比較して、プロダクトを選択しているわけですから、価格が変わらなければどちらでも良いわけです。
この条件では、どちらか一方が値引きを始めると、対抗策としてもう片方が値引きを行うことになり、結果的に両者が値引きした状態で膠着してしまう状態になってしまいます。この両者にとって好ましくない状況で膠着してしまうことを「囚人のジレンマ」と言います。
販売促進(セールスプロモーション)は、基本的に他の主体に対する働きかけを行うこと、つまり影響させることを狙いとしていることから、戦略を考える上では、影響範囲やその反響ということは常に考えていかなければなりません。ゲーム理論に代表される理論的な分析手法はかなり有効な手段ですので、興味が少しでも持てれば文献を紐解いてみることをお勧めします。
今回は、販売促進(セールスプロモーション)の種類とその戦略について解説してきました。販売促進(セールスプロモーション)は、様々な施策が考案され、実際に実施されてきていますが、整理するとその施策の対象によって3つに分類することができます。それぞれの効果をよく知り、施策を考えていくとが重要です。
またそれと同時に、基本的に販売促進(セールスプロモーション)は、他の主体に影響、反響することを本質的に狙っていますので、その効果は複雑なモノになりがちですし、一過性のものでなく、連続して影響が広がっていくものです。
その為、具体的な戦略をどうするべきかというのは、一概に言えるものではなく、プロダクトが置かれてる環境に大きく依存します。いわゆるシルバーバレットはなく、万能な方針というのは存在しないと言って良いでしょう。敢えて言えば、その万能ツールはないということをしっかりと踏まえて、考え行動することが重要と言えるかもしれません。
ただ、「事実」というものはどんな状況になっても変わることはありません。事実に対する解釈はそれぞれ立場に依存しますが、客観的な数字に代表されるようなものは変わることはないでしょう。それは、つまり客観的な事実の積み上げ、つまり価格調査も含めた市場調査というのがとても重要になるということです。
特にネットショップやインターネット通信販売の分野では、あらゆることが相当なスピードで変化していきます。定期的な価格調査、市場調査は必須です。地味な作業な割に時間もかかると思いますので、負担が大きいと感じた時はアウトソーシングを考えてみるのも一つの有効な手段かもしれません。