ランサムウェアによる被害が、過去最多の水準で推移しています。「自社はセキュリティソフトを入れているから大丈夫」とお考えかもしれません。しかし攻撃者が狙うのは、必ずしも自社そのものとは限りません。近年増えているのは、取引先や委託先を経由して侵入する手口です。
本記事では、紙資料のデータ化やスキャニングを外部に委託する場面に絞って解説します。委託先が攻撃を受けたとき、発注側にはどのような影響が及ぶのか。そして委託先を選ぶ際、何を確認しておくべきなのか。契約前に押さえておきたい実務を整理します。
まず、直近の状況を確認しておきましょう。警察庁が公表した令和7年上半期の統計では、ランサムウェアによる被害報告は116件にのぼり、半期としては過去最多と並ぶ水準となりました。都内に限っても、2025年の被害は68件と過去最多を記録しています。
手口も変化しています。近年主流となっているのが二重恐喝と呼ばれる手法です。データを暗号化して復旧と引き換えに金銭を要求するだけでなく、盗み出したデータを公開すると脅す。この二段構えによって、バックアップから復旧できたとしても情報漏えいのリスクは残ります。
被害は業種を問いません。製造、医療、出版、建設と、あらゆる分野で公表事例が続いています。特定の業界だけが標的になっているわけではないという点は、押さえておくべきでしょう。
被害企業の内訳を見ると、中小企業が大きな割合を占めています。この背景には3つの要因があります。
1つ目は、攻撃の分業化です。RaaS(Ransomware as a Service)と呼ばれる仕組みが広がり、ランサムウェアを開発する者と実行する者が分かれるようになりました。専門的な技術を持たない実行者でも攻撃に加われるため、標的の裾野が一気に広がっています。
2つ目は、対策の格差です。中小企業では、大企業ほどセキュリティ予算や専門人材を確保することが難しいのが実情でしょう。攻撃者は企業規模ではなく、隙のある対象を選びます。
3つ目は、サプライチェーン経由の攻撃です。防御の固い大企業を直接狙うよりも、取引先の中小企業を踏み台にするほうが容易だという判断が働いています。経済産業省でも、サプライチェーン全体のセキュリティ対策を評価する制度の整備が進められています。委託先の管理が、発注側の課題として明確に位置づけられつつあるということです。
ここで疑問を持たれるかもしれません。紙の資料を渡してデータ化してもらうだけなら、ネットワークとは無関係ではないか、と。
実際には、紙の外注であっても情報は複数の経路をたどります。まず、原本そのものが物理的に移動します。次に、作業のためにスキャンや撮影が行われ、画像データが生成されます。そして入力されたテキストデータが納品されます。多くの場合、この納品はメールやクラウドストレージ経由です。
つまり、紙で預けた情報は、委託先の作業環境の中で必ずデジタルデータに変わります。委託先のネットワークが侵害されれば、そこに置かれた画像データや納品前のテキストデータも当然リスクにさらされます。紙で渡したから安全、という前提は成り立ちません。

委託先がランサムウェアの被害を受けた場合、発注側にも具体的な影響が及びます。
もっとも直接的なのは、業務の停止です。作業が中断し、納期は白紙になります。復旧に数週間から数か月を要する事例も報告されています。年度末や決算期など、期限が動かせない業務を委託していた場合、その影響は小さくありません。
次に、預けた原本の所在が問題になります。システムが停止すれば、どの案件の原本がどこにあるのかを委託先が即座に把握できなくなる可能性があります。返却の見通しが立たないまま、時間だけが過ぎるという事態も考えられます。
そして、情報漏えいへの対応です。委託先から個人情報が流出した場合、発注側は個人情報保護法上の報告義務を負う立場にあります。「委託先の問題だから当社は関係ない」という説明は通りません。
個人情報保護法では、個人データの取扱いを委託する場合、委託先に対する必要かつ適切な監督を行うことが求められています。これは委託した時点で責任が移転するのではなく、発注側に監督責任が残るという考え方です。
さらに、2026年7月に公布された改正個人情報保護法では、違反に対する課徴金制度の導入が盛り込まれました。施行はこれからですが、委託先管理の不備が経営上のリスクとして扱われる度合いは、確実に高まっていくと考えられます。
監督といっても、特別なことを求められているわけではありません。委託先を選ぶ段階で体制を確認し、契約に必要な事項を盛り込み、取扱状況を把握する。この3点が基本です。詳細は個人情報保護委員会の資料をご確認ください。
では、外注をやめて紙のまま社内に保管しておけばよいのでしょうか。これも別のリスクを抱え込むことになります。
紙は確かに暗号化されません。しかし火災や水害で失われれば、復元する手段はありません。バックアップが存在しないためです。ランサムウェア対策としてバックアップの重要性が語られますが、紙の資料はその発想からもっとも遠い場所に置かれています。
加えて、紙には持ち出しを検知する仕組みがありません。誰がいつ閲覧したかの記録も残りません。退職時に持ち出されても、会社は気づく手段を持たないのが実情です。
結局のところ、紙とデジタルのどちらが安全かという問いの立て方が適切ではありません。デジタル化したうえで、アクセス権限とバックアップを整える。原本は保管期限を決めて適切に管理する。この両輪でしか、情報は守れないと考えるべきでしょう。

外注を検討する際、確認しておきたいのは次の7点です。
1. 認証の取得状況:プライバシーマークやISMSを取得しているか。認証はあくまで体制の目安ですが、第三者の審査を受けている事実には一定の意味があります。
2. 作業場所:作業を国内で行っているか、海外に再委託していないか。海外での作業は、個人情報保護法上の越境移転の論点にも関わります。
3. 再委託の有無:どこまでが自社作業で、どこから外部なのか。再委託先まで含めた管理体制を確認します。
4. 原本の受け渡しと保管:配送方法、作業中の保管場所、作業完了後の返却または廃棄の流れ。紙の外注では、ここがもっとも見落とされやすい部分です。
5. データの保管期間:納品後、スキャンデータや作業データをいつまで保持するのか。不要なデータが残り続けること自体がリスクになります。
6. 納品方法:どの経路で納品されるのか。パスワード設定や送信先の確認手順が定められているか。
7. 事故発生時の連絡体制:万一の際、いつ誰にどう連絡が来るのか。契約書に明記されているかを確認します。
確認だけで終わらせず、契約書に落とし込んでおくことも重要です。委託先が個人データを取り扱う場合、安全管理措置の内容、再委託の可否と条件、事故発生時の報告義務、契約終了後のデータの取扱いについては、書面で定めておくべきでしょう。
運用面では、預ける情報の範囲を絞るという発想も有効です。すべての資料をそのまま渡すのではなく、機微な情報が含まれる部分はマスキングしてから委託する。あるいは、そもそも外に出さない文書を区分しておく。預ける情報が少なければ、それだけリスクは小さくなります。
なお当社では、裁判提出用を含む法的書類はお受けしておりません。委託先の対応範囲をあらかじめ確認しておくことも、トラブルを避けるうえで有効です。
ランサムウェアの被害が広がるなかで、自社のシステムだけを守れば安全という前提は成り立たなくなりました。取引先や委託先を含めた全体でリスクを捉える必要があります。
紙資料のデータ化は、社内に散在する情報を整理し、アクセス権限とバックアップの管理下に置くための有効な手段です。ただしその過程で、委託先という新たな接点が生まれます。ここを疎かにすれば、セキュリティのために始めた取り組みが、かえってリスクを増やすことになりかねません。
委託先を選ぶ段階で体制を確認し、契約に必要な事項を盛り込む。この一手間が、数年後の事故を防ぎます。外注時のセキュリティの考え方については、「データ入力の外注はセキュリティが不安」という方への記事でも詳しく解説しています。
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